科学研究費基盤研究(B) 現代行政の多様な展開と行政訴訟制度改革 の研究成果を公開しています。

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現代行政の多様な展開と行政訴訟制度改革

研究代表者:村上裕章(九州大学大学院法学研究院)

研究代表者挨拶

村上裕章(九州大学教授)

  本研究は,個別行政領域の現状を検討することにより,行政訴訟制度改革のための具体的提言を得ようとするものです。
  2004(平成16)年に行政事件訴訟法の抜本的な改革が行われ,大きな成果をもたらしましたが,学界においては,現在,第2段階の改革に向けた検討が進んでいます。
  しかし,従来の行政訴訟制度改革の議論においては,個別行政領域に即した検討は必ずしも十分に行われてきませんでした。
  本研究は,憲法・行政法のほか,行政情報法,消費者法,都市法,環境法,文化法,税法,社会保障法,知的財産法,財政法など,個別法分野での活躍がめざましい若手・中堅の研究者を結集し,領域横断的な観点から,行政訴訟制度改革のあり方を改めて検討しようとするものです。

研究代表者 村上裕章(九州大学大学院法学研究院教授)

研究の背景

2004 年の行政事件訴訟法改正により,行政訴訟制度は大きく改善され,学説・判例によってその解釈をめぐって活発な議論が行われている。しかし,他方で,訴訟類型をはじめとして,積み残された課題も多く,学界では,第2段階の改革に向けた議論が進められている。もっとも,行政訴訟制度改革においては,従来,都市法・環境法などを別として,個別法に焦点を合わせた議論が必ずしも十分に行われてこなかった。個別法分野が独自の発展を遂げている中,現代行政の実態に適合した行政訴訟制度を構築するためには,個別法の観点からの検討が喫緊の課題ではないかと思われる。
行政法学においては,かつて,行政法各論(警察法,土地法,税法,教育法など)が存在したが,各論の学問的意義が疑問視されるとともに,個別法(特殊法)学として独立・専門化の傾向が顕著である。その結果,環境法学などの限られた分野を除いて,行政法学との交流が少なくなっている。行政法(総論)の内容を充実させ,現代行政の実態に合わせて改革を行うためには,個別法分野を踏まえた研究が必要である(参照領域論)。すでにこのような問題意識は多くの研究者によって共有され,具体的な研究も積み重ねられているが,行政訴訟分野における研究は従来ほとんどなされていない。

研究目的

本研究の期間内において,憲法・行政法のほか,行政情報法,消費者法,都市法,環境法,文化法,税法,社会保障法,知的財産法,財政法の研究者を結集し,各個別法における研究の到達段階を明らかにするとともに,その成果をふまえて,行政訴訟制度改革に関する具体的提言を得ることを目標とする。

本研究においては,領域横断的な4つのクラスターを設定し,それぞれのクラスターごとに各個別法の研究者が共同研究を行い,その成果を総合することにより,上記の目標を達成する。あわせて,アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスとの比較法的研究も行う。

① クラスター1:集合的利益

環境法・消費者法・文化法などの領域において,私人の個別的利益と公益との中間に位置づけられる集合的利益の存在が注目されている。本クラスターにおいては,こうした集合的利益の性質を解明し,主観訴訟における原告適格との関係を明らかにするとともに,団体訴訟制度の創設に向けた具体的提言を行う。環境法・文化法においては,将来世代の利益についても問題となることから,集合的利益との関係を検討するとともに,このような利益を訴訟制度において反映させるための方策を明らかにする。また,財政法の観点からは,既存の住民訴訟制度の改善策を検討するとともに,国民訴訟制度創設の是非についても分析を加える。さらに,憲法学の観点から,客観訴訟と司法権の関係について,原理的な考察を行う。

② クラスター2:訴訟類型の多様化

2004 年の行政事件訴訟法改正により,義務付け訴訟・差止訴訟が新たに法定されるとともに,確認訴訟の活用が明示されたが,他方では,判例による処分性の拡大も継続している。本クラスターにおいては,各個別法においてこのような状況の変化をどう受け止めるべきか,改善の余地はないかを検討する。具体的には,環境法において既に非申請型義務付け訴訟が活用されているが,現行法に問題はないのか,税法・都市法・環境法・社会保障法・消費者法などにおいて確認訴訟をいかに活用できるかなどの問題を検討し,改革の方向性を明らかにする。

③ クラスター3:民事訴訟との役割分担

各個別法においては,行政訴訟と民事訴訟の関係をめぐって,様々な問題が生じている。たとえば,知的財産法においては,審決取消訴訟(行政訴訟)と侵害訴訟(民事訴訟)の関係が議論されている。社会保障法においては,給付関係の契約化に伴い,救済手段の再検討が必要となっている。環境法においても,行政訴訟と民事差止訴訟の関係が論じられている。本クラスターにおいては,こうした個別法領域における問題状況を明らかにすることにより,行政訴訟と民事訴訟の関係をいかに再構築すべきか,さらに,現代的観点から行政行為の公定力をいかに理解すべきかを明らかにする。

④ クラスター4:不服申立制度との関係

行政訴訟制度改革に際しては,不服申立制度との関係にも注意を払う必要がある。この点については,個別法領域ごとに異なった状況が見られる。税法や知的財産法においては,審判手続との役割分担が問題となっている。環境法・消費者法・社会保障法においては,訴訟提起の負担が重いため,オンブズマンやADRを含む柔軟な紛争解決手法の必要性が指摘されている。行政情報法においては,訴訟においてインカメラ審理がなお導入されていないため,不服申立ての重要性が比較的高い。国際的税務紛争を含む国際行政法においては,訴訟制度の発達が不十分であることから,仲裁手続が主に活用されている。本クラスターにおいては,こうした個別法領域の状況をふまえ,行政訴訟と不服申立てのあるべき相互関係について,総合的な検討を加える。

研究方法

本研究は,①各研究分担者による個別法の研究,②4つのクラスターごとの共同研究,③以上を踏まえた全体成果のとりまとめという,3層のプロセスから構成される。個別法の研究成果を共同研究に持ち寄り,共同研究の成果を個別法の研究にフィードバックし,以上の成果を全体の共同研究に反映する,というサイクルを積み重ねることにより,本研究全体の目標を達成しようとするものである。
本研究の研究分担者によってカバーできない分野(経済法,地方自治法,警察法など)に関しては,それぞれの分野で活躍している第一線の研究者をゲストスピーカーとして招聘し,研究会やシンポジウムを開催する。

第1フェーズ(平成25年度)

研究の初年度においては,研究活動の重点を,研究分担者間での問題意識の共有と,個別法の研究におく。また,本研究に必要な資料の収集,コンピュータ等の整備も行う。具体的な計画は以下の通りである。
本研究の申請に当たっては,既に準備的な研究会を開催しているが,年度当初に改めて研究会を開催し,研究分担者間での問題意識の共有をより確実なものとする。
共通の問題意識を踏まえ,第1フェーズにおいては,各研究分担者による個別法の研究を中心として行う。各研究分担者は,これまで行政訴訟の研究を行ってきたわけでは必ずしもないことから,それぞれの専門分野について,行政訴訟の観点からいかなる問題があるかを改めて検証し,共同研究の基礎を固めることとする。
翌年度以降本格化する共同研究に備え,各クラスターごとに意見交換を頻繁に実施するとともに,必要に応じてワークショップ等を開催し,問題意識のすりあわせを行う。
個別法の研究成果は,随時,本研究独自の研究会,九州公法判例研究会,九州行政判例研究会等において発表し,他のメンバーからの批判を仰ぐとともに,個別法の研究にその成果をフィードバックさせる。

第2フェーズ(平成26年度)

本年度においては,前年度に行った個別法領域の研究成果を踏まえ,各クラスターごとの共同研究を本格的に展開する。前年度から継続して,本研究に必要な資料の収集も実施する。具体的な計画は以下の通りである。
個別法の研究成果を踏まえて,4つのクラスターごとに頻繁に意見交換を行うとともに,必要に応じてワークショップ等を開催する。ワークショップ等の成果は,個別法の研究にフィードバックする。
各クラスターごとの研究成果については,本研究独自の研究会,九州公法判例研究会,九州行政判例研究会等において随時発表し,研究分担者全員にフィードバックする。そこで得られた成果を,各クラスターごとの共同研究及び各研究分担者による個別法の研究に還元する。
本研究の中間的な成果については,研究代表者及び研究分担者が,全国レベルの学会や研究会等において報告して,外部からの批判を真摯かつ積極的に仰ぐとともに,論文や著書として公表する。

第3フェーズ(平成27年度)

本年度においては,各クラスターごとの研究とその発表を前年度から継続するとともに,本研究全体のとりまとめを行う。本研究に必要な資料も引き続き補充する。具体的な計画は以下の通りである。
前年度に引き続き,各クラスターごとに意見交換を行うとともに,ワークショップ等を開催し,共同研究及び個別法の研究をさらに深める。
各クラスターごとの研究成果について,研究会等において報告を行い,本研究の参加者全員の共有財産とするとともに,研究会等における議論の成果を各クラスターごとの共同研究及び個別法の研究に還元する。
本年度の後半には,本研究全体の成果のとりまとめに本格的に着手する。研究代表者が各クラスターごとの研究及び研究分担者の研究を総括し,行政訴訟制度改革のための具体的提言としてとりまとめ,これを公表する。そのため,年度末には,各分野における専門家の参加を求め,集大成となるシンポジウムを開催することを予定している。
本研究の成果は,研究代表者及び研究分担者がそれぞれ論文や著書として随時公表するほか,本研究の終了後,雑誌における連載や単行の書物としてまとめて公表する方針である。