研究計画

個別行政法の視座から構想した行政争訟制度改革

研究計画

研究の背景

2004 年の行政事件訴訟法改正,2014 年の行政不服審査法改正により,行政争訟制度は大きく改善されましたが,訴訟類型など積み残された課題も多く,学界ではさらなる改革に向けた議論が進められています(高橋滋編『改正行訴法の施行状況の検証』(商事法務,2013 年),阿部泰隆=斎藤浩編『行政訴訟第2次改革の論点』(信山社,2013 年)など参照)。

もっとも,行政争訟制度改革においては,従来,都市法・環境法などを別として,個別行政法(以下「個別法」という)に焦点を合わせた議論が必ずしも十分に行われてきませんでした。個別法の諸分野が独自の発展を遂げつつある中,現代行政の実態に適合した行政争訟制度を構築するためには,個別法の視座から改革を構想することが喫緊の課題ではないかと思われます。

行政法学においては,かつて,行政法各論(警察法,土地法,税法,教育法など)が存在しましたが,各論の学問的意義が疑問視されるとともに,個別法(特殊法)学として独立・専門化の傾向が顕著です。その結果,環境法学などの限られた分野を除いて,行政法学との交流が次第に乏しくなっています。

行政法(総論)の内容を充実させ,現代行政の実態に合わせて改革を行うためには,個別法の各分野を踏まえた研究が必要不可欠です(参照領域論)。すでにこのような問題意識は多くの研究者によって共有され,具体的な研究も積み重ねられていますが,行政争訟分野における研究は従来ほとんどなされてきませんでした。

研究代表者は,行政訴訟制度の研究を行う中で,個別法の現状を踏まえた検討が必要であることを痛感しました。しかし,個別法がそれぞれ独自の展開を遂げていることから,個人による研究には大きな限界があります。そこで,共同研究として科研基盤研究(B)「現代行政の多様な展開と行政訴訟制度改革」(平成25年度~平成27年度,以下「前研究」という)を申請し,採択されました。

前研究においては,4 つのクラスター(集合的利益,訴訟類型の多様化,民事訴訟との役割分担,不服申立制度との関係)ごとに精力的な共同研究を実施し,多大な成果を上げることができました。前研究では集合的利益,特に団体訴訟に重点を置き,この点についての議論の現状と課題を確認する目的で,平成 26 年 7 月,「団体訴訟の制度設計」と題する公開シンポジウムを開催しました。 村上の司会の下,島村健准教授(神戸大学,環境法)と斎藤誠教授(東京大学,消費者法)が報告し,宇賀克也教授(東京大学),原田大樹教授(京都大学),山本隆司教授(東京大学)がコメントを加えました。その成果は論究ジュリスト 12 号に掲載され,学界から高く評価されております。

本研究は,前研究の成果を引き継ぎ,行政争訟制度改革の具体的な提案に向けて,さらに研究を深めようとするものです。なお,不服申立制度を含む行政争訟全般に対象を拡大する点,外国法の研究をより重視する点,研究分担者を補強した点などが,前研究と異なっています。

研究目的

本研究は,憲法・行政法のほか,行政情報法,消費者法,都市法,環境法,文化法,税法,労働法,社会保障法,知的財産法,財政法の研究者を結集し,各個別法における研究の到達段階を明らかにするとともに,その成果を踏まえて,行政争訟制度改革に関する具体的提言を得ることを目標とします。

本研究においては,領域横断的な 4つのクラスターを設定し,クラスターごとに各個別法の研究者が共同研究を行い,その成果を総合することにより,上記の目標を達成します。あわせて,アメリカ・イギリス・オーストラリア・ドイツ・フランス・中国との比較法的研究も行います。

① クラスター1:集合的利益

環境法・消費者法・文化法等の領域で,私人の個別的利益と公益との中間に位置付けられる集合的利益が注目されています。本クラスターでは,集合的利益の性質を解明し,主観訴訟における原告適格との関係を明らかにするとともに,団体訴訟制度の創設に向けた具体的提言を行います。前研究により議論の現状と課題が明らかになったことから,それを踏まえて具体的な制度設計に取り組みます。また,既存の住民訴訟制度の改善策を検討するとともに,国民訴訟制度創設の是非についても分析を加えます。憲法学の観点からは,客観訴訟と司法権の関係に原理的な考察を加えます。

②クラスター2:訴訟類型の多様化

2004年の行政事件訴訟法改正により,義務付け訴訟・差止訴訟が新たに法定されるとともに,確認訴訟の活用が明示されましたが,他方で,判例による処分性の拡大も継続しています。本クラスターにおいては,各個別法においてこのような状況の変化をどう受け止めるべきか,改善の余地はないかを検討します。具体的には,環境法においてすでに非申請型義務付け訴訟が活用されていますが,現行制度に問題はないのか,税法・都市法・環境法・労働法・社会保障法・消費者法などにおいて確認訴訟をいかに活用できるかなどの問題を検討し,改革の方向性を明らかにします。

③クラスター3:民事訴訟との役割分担

個別法においては,行政訴訟と民事訴訟の関係をめぐって,様々な問題が生じています。たとえば,知的財産法においては審決取消訴訟(行政訴訟)と侵害訴訟(民事訴訟)の関係が議論されています。社会保障法においては,給付関係の契約化に伴い,救済手段の再検討が必要となっています。環境法においても,行政訴訟と民事差止訴訟の関係が論じられていいます。本クラスターでは,こうした個別法領域における問題状況を明らかにすることにより,行政訴訟と民事訴訟の関係をいかに再構築すべきか,現代的観点から行政行為の公定力をいかに理解すべきかを明らかにします。

④クラスター4:訴訟と不服申立ての関係

訴訟と不服申立ての関係については,個別法ごとに異なった状況が見られます。税法・知的財産法・労働法では,訴訟提起の負担が重いため,オンブズマンやADRを含む柔軟な紛争解決手法の必要性が指摘されています。行政情報法では,訴訟においてインカメラ審理がなお導入されていないため,不服申立ての重要性が比較的高いところです。国際的税務紛争を含む国際行政法では,訴訟制度の発達が不十分であることから,仲裁手続が主に活用されています。本クラスターでは,こうした個別法の状況を踏まえ,行政訴訟と不服申立てのあるべき相互関係を総合的に検討します。

個別法分野の研究の独立・分化が進む中,行政争訟制度を対象とした領域横断的な共同研究はこれまでほとんど行われてきませんでした。本研究は,個別法領域に関する研究成果を行政争訟法に取り入れようとする,これまでにない独創的な試みであり,上記のように,非常に大きな具体的成果が期待できます。

研究方法

上記の通り,本研究は,①各研究分担者による個別法の研究,②4つのクラスターごとの共同研究,③以上を踏まえた全体成果のとりまとめという,3 層のプロセスから構成されます。個別法の研究成果を共同研究に持ち寄り,共同研究の成果を個別法の研究にフィードバックし,以上の成果を全体の共同研究に反映する,というサイクルを積み重ねることにより,本研究全体の目標を達成しようとするものです。

共同研究の場としては,各研究分担者がそれぞれ口頭またはメール等によって緊密に意見交換を行うほか,ワークショップ,研究会等を開催することを予定しています。そのほか,既存の研究会,すなわち,九州大学において定期的に開催されている九州公法判例研究会,福岡法務局で開催され,実務家も参加している九州行政判例研究会などの場も積極的に活用します。結節点となる重要なタイミングを見計らって,外部から専門家を招き,公開シンポジウムを開催することも予定しています。

本研究の研究分担者によってカバーできない分野(経済法,地方自治法,警察法など)に関しては,それぞれの分野で活躍している第一線の研究者をゲストスピーカーとして招聘し,研究会やシンポジウムを開催します。

第1フェーズ(平成28年度)

本年度においては,新たに加入した研究分担者との意思疎通を図るとともに,各クラスターの研究を進めますが,特にクラスター1(集合的利益)に重点を置き,研究成果の発表を行うことを目標とします。

年度当初に研究打ち合わせを実施し,前研究の成果を総括するとともに,本研究の趣旨を研究分担者に徹底し,今後 4年間の研究計画について詳細な詰めを行います。特に,今回から新たに2名の研究分担者が加わったことから,彼らとの意思疎通を図り,研究がスムーズに進むよう心がけます。

前研究において実施したシンポジウム「団体訴訟の制度設計」により,団体訴訟に関する現在の研究水準と課題を確認することができました。そこで,本年度においては,この成果を踏まえて,環境法及び消費者法の分野におけるにおける団体訴訟について,クラスター1の担当者が中心となって,具体的な制度設計を試みます。その成果は,本年度または来年度の早い時期に,論文等として公表します。

その他のクラスターについても,精力的に個別法の研究及びクラスターごとの研究を進めます。他のメンバーからの批判を仰ぐとともに,個別法の研究にフィードバックさせます。その成果については,随時,九州公法判例研究会,九州行政判例研究会等において発表します。

第2フェーズ(平成29年度)

本年度においては,集合的利益の成果を公表するとともに,クラスター4(訴訟と不服申立ての関係)に関する研究に重点を置き,翌年度のシンポジウムに備えます。

前年度に行った団体訴訟の制度設計につき,その成果をとりまとめ,雑誌等に公表します。本研究に対する批判等があれば,それに対する対応も行います。立法化は容易ではないと考えられますが,政治的な状況からその可能性が出てきたときは,迅速に具体的な案を提示できるよう,準備を行います。

本年度においてはクラスター4に重点を置くこととします。行政不服審査法の改正により,緊急に必要な改革は行われたものの,訴訟と不服申立ての関係についてはなお多くの課題が残されています。本研究においては,特に,環境法・消費者法・租税法・知的財産法・社会保障法・労働法などの個別法分野に即して,両者の関係をいかに構築するのが望ましいかについて,具体的な検討を行います。

クラスター2(訴訟類型の多様化)及びクラスター3(民事訴訟との役割分担)についても検討を進め,その成果を九州公法判例研究会,九州行政判例研究会などにおいて発表し,認識の共有を図るとともに,個別研究へのフィードバックを行います。

第3フェーズ(平成30年度)

本年度においては,クラスター4(不服申立てと訴訟の関係)についてシンポジウムを実施するとともに,その他のクラスターの研究を進めます。

シンポジウムは,6月頃,九州大学で実施することを予定しています。現在の見通しとしては,環境法(勢一),消費者法(原田),租税法(渡辺),知的財産法(小島),社会保障法(深澤),労働法(山下)については,基本的に本研究の研究分担者が担当することとしますが,必要に応じて外部の専門家を招聘します。

クラスター2及びクラスター3についても研究を進め,随時,九州公法判例研究会,九州行政判例研究会において発表するとともに,各自がその成果を論文等として公表します。

第4フェーズ(平成31年度)

本年度においては,クラスター4に関する研究成果を公表するとともに,クラスター2及びクラスター3の研究に重点を置き,その成果のとりまとめに注力します。

まず,昨年度実施したクラスター4に関するシンポジウムの成果を雑誌等に公表します。必要に応じて補充的な研究や研究会を実施します。

本年度においては,クラスター2及びクラスター3について,集中的に研究を進めます。その成果を九州公法判例研究会,九州行政判例研究会で報告し,そこでの議論を踏まえて雑誌論文等として公表します。

本研究の成果は,研究代表者及び研究分担者がそれぞれ論文や著書として随時公表するほか,本研究の終了後,雑誌における特集や単行の書物としてまとめて公表する方針です。インターネット上での成果の公開も予定しています。